飛騨の雑学~白川郷、消えた帰雲城~

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帰雲城と聞いて知っている人は少ないと思います。また、城主の内ヶ嶋氏理となるともっと知られていないと思われます。
なぜなら、城と城下、そして内ヶ嶋一族と城下の人々が一夜にして消えてしまったと伝えられ
ており、文献や史料が少なく明確になっていないことも多いからです。

飛騨白川郷

帰雲城があったとされる場所は、飛騨白川郷です。白川郷と言えば、1995年に世界遺産登
録された観光地として有名です

白川郷合掌造り

白川郷合掌造り

私も何度か尋ねたことがあり、観光するにあたっては、合掌造りの歴史ある建物は、外せない
ポイントになります。
その中でも、神田家は歴史を感じることができ、見ごたえ十分です。

白川郷神田家

白川郷神田家

帰雲城と内ヶ嶋氏理

少し話しがそれてしまいましたが、「帰雲城」は、「かえりぐもじょう」と呼ばれることが多
いようです。
また、「内ヶ嶋氏理」は、「うちがしまうじよし」と呼ばれ、この地を4代、120年間に渡
り支配した戦国武将であり、消えた帰雲城の最後の城主と伝えられているようです。

消えた帰雲城

天正13 (1585)年11月29日、東海地方・北陸地方・近畿地方の広い地域を襲った巨大地震が
発生。
この際、帰雲城付近の山が崩れ、城と城下のみならず、内ヶ嶋一族と城下の人々をのみ込み、
一瞬にしてすべてが消えて(埋没)しまったと伝えられているようです。
一夜で地中深くに埋没してしまい、さらには、 地震で地形が大きく変わってしまった為、当時
領外にいた行商も城のあった場所が分からず、現在にいたるまで、正確な位置が分からないこ
とから、「幻の帰雲城」と呼ばれているようです。

内ヶ島氏の埋蔵金

内ヶ島氏の領内には、金銀を産出した鉱山があり、そこから採掘した金銀を蓄えていたとの説
があるそうです。
そして、一夜にして埋没してしまった帰雲城には、内ヶ島氏が蓄えた金銀もいっしょに、埋ま
っているという黄金伝説が伝えられているようです。

最後に

いかがでしたでしょうか?
渓流釣りで飛騨へいった際に、地元の方と話していると、この話しが度々、出てくることがあ
ります。そのたびに、興味深く聞かせていただくのですが、歴史の魅力を感じずにはいられま
せん。
この魅力を少しでも伝えられたらと、今回の記事作成となりました。
なお、白川郷の白川村役場の公式ホームにも、「幻の帰雲城」としての案内ページがあります
が、「実在した城」との記述もあります。
白川郷への観光の際には、帰雲城の足跡をたどってみるのもおもしろいかも知れません。

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